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戦争の傷跡

こんにちは、加古川営業所の生盛です。


毎日ニュースでウクライナの戦争が流されてその悲惨さは映像から伝わってきてますね。


ほんの77年前まで日本も戦争をしていたこと、私の和歌山の祖母から
戦時の話をよく聞かされていたのでわりと身近に恐怖を感じることでも
ありました。
私の祖母は和歌山の空襲時に和歌山城へ避難したようですが、焼夷弾
によって焼け出された大勢の人たちも和歌山城へ逃げたと聞かされました。
その和歌山城も空襲の被害を受け、お城へ逃げた人々が焼夷弾のあまりの熱さに
お濠へと飛び込んだとのことです。
先に飛び込んだ人の上へと後から後から人が飛び込むので、足を引っ張り
水面へ出ようとする人でこの世の地獄だったと聞かされ子供ながらにその状況を想像し
恐怖を感じたことを鮮明に覚えています。

少し話は変わりますが皆さんこの写真わかりますでしょうか?

この写真はJR三ノ宮駅から阪急三宮駅へ渡る歩道橋のJRの高架橋なんです。
しかもこの穴って機銃掃射のあとなんです。
明らかに歩く人を狙っているとしか思えない位置で、戦争の恐ろしさを今でも残している傷跡です。
他にも三宮付近にはこのような傷跡が残っていますので、三宮へ行かれた際には探してみて戦争の
恐ろしさを改めて考えるきっかけになるかもしれません。

ではまた他の機会に別の写真もご紹介していきたいと思います。

加古川営業所 生盛

生盛 丈嗣

生盛 丈嗣

リフォーム事業部 リフォーム二課 加古川リーダー

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